2009年7月6日月曜日

たなばた


七夕なので願い事を書いて飾り付けをした。
中には「横須賀」と不思議なフレーズもある。

「景気の後退」が受注作業の減少ということで響いている。
「携帯電話の充電器セット」や「メーカ・バーコードのシールを充電器に貼る」など
仕事の発注が去年よりぜんぜん「無い」

今回、請け負った「ガス管」も今までとは違い
ボルトが雨ざらしで赤錆でボロボロ、固くて回らない。
スパナをかまして金づちでガンガンに叩いても駄目である。
インパクトレンチも効果ない。
今までで一番の「ツワモノ」である。

スタッフとS田さん(ほとんどスタッフのような利用者さん)で緩めて
利用者に渡すが、あまりペースが進まないので作業の循環は滞る
スタッフ「やま」とS田さんは「こいつはヤバい」とお互い苦笑いである。

今後は受注業者へ「できませんでした、今までやっていたのを下さい」と
お願いしようと思う。

2009年7月5日日曜日

イスラエル料理、または失業者


タイトルが「ぐるなび」リンク先です。
東京都練馬区栄町4-11
アートビル 2Fにある
↑「イスラエル料理 シャマイム」に電車乗りついで食べてきた。
なかなか旨かった。
あれだな、シシカバブとかイスラム圏の料理と似ているのかな。

帰りに渋谷駅の長い回廊を歩いている時、
40代後半と思われる男性が
空き缶を前に置いて正座して微動だにしない
視線は空き缶を凝視している。
世界各国の料理があって、流行の発信地で物乞い

行き交う人の群れは誰も気にも留めないで通り過ぎていく。
俺もその中の一人。
抜けて「スター・バックス」でアイスコーヒーを飲んで
「お金を入れるべきか」考えた

俺は微々たるお金でもコンビニやユニクロのレジ横にある募金箱に
共感する活動には小銭を入れてきた
入れる確立はアベレージ90%。
なぜ躊躇したか。

もし、彼と話をして
「失業保険は」
「身内はいるんですか」
「実家に帰れますか」
「この様になる背景は」「職安では」
もちろん上記の事がうまくいかないから、空き缶の前で正座しているだろうが、
もし、理由を聞いていたら空き缶にお金を入れていたと思う。

俺も今後の人生において、この男と同じ境遇になる可能性はゼロではない。何があるかわからないのでね。その時に「日本の失業者数00万人」なんてカウントされて
舞台裏でルーレット回しているヤツにとってデータの数字でしかないのだろう。






2009年7月1日水曜日

ダウン症カンファレンス 青葉メゾン

「青葉メゾン」へ通所が滞って来れなくなっているダウン症男性のカンファレンスがあった。
カンファレンスや会議は脳がフル稼働で情報の「ダウンロード」状態なので
終わって帰宅して「ああ、あれは!」と発想が湧いたり気がついたりすることが多いな。

人の話を聞いて休止している配線が接続するように、
漠然と思っていたことが具体的に答えになるように
収穫が多いカンファレンスだった。

質疑応答の断片として、
ダウン症青年がスタッフに対し、問いかけて決まった答えで安心する
「一平ちゃんは?」「美味しいよね」
しかし、望んでいない答え(本人が違うと思う声かけ)をすると身体が硬直して動かなくなる。
支援者はこれを「間違った受け答え」と思いがち。

しかし本人は型通りの答えで安心安住してその世界に留まろうとしている。
負荷の無い、「型」に決まった精神活動の低い世界に。
よって「硬直して動かなくなる事は、思ってもいないことを受けて、考え、新しい刺激を受けて精神活動が活発になっている」と仮定される。
それは悪いことではない。むしろ良い事と思う。
(仮説が正しいとすればだ)

晩酌しててカンファを振り返ると
世阿弥の「序・破・急」を思い起こした。
この場合は支援者が主体的にこのサイクルを回すことだ。
利用者は序破急のサイクルで「序」という「型」を自発的に作り、
黒子の支援者が「破」を行い、利用者が
「急」の展開をしていく。

この青葉メゾンの支援者は「かかわって、話して同じことを繰り返さない事をスタッフは心がけている」という。
支援者側の「こだわり・マンネリ」に留意してくださいということだろう。

2009年6月27日土曜日

地域作業所「ほわほわ」

暑くなってきましたね。
地域作業所「ほわほわ」へ訪問してきた。
神奈川県横浜市旭区鶴ケ峰本町2丁目46−22

このお方が所長である。

朝のミーティングで食事の段取りをフィーリングでキメて

ミキサーで味噌汁をカクテルを作るようにシェイク

送迎添乗でライド・オン

午前中に近所の地区センターの体育館を借りて
「だるまさんがころんだ」やサッカーを楽しんだ。

2009年6月26日金曜日

七夕の飾り



いつから竹にデコレーションするようになったのだろうか
七夕の飾りを皆で作った。
1年で一度会えて、雨天は会えない関係かな。
伝説でなければ無理な設定だ。

2009年6月25日木曜日

スカーフを受け取ってきました。




横浜市障害福祉局障害支援課より寄贈品の「スカーフ」を
根岸地区センターへ受け取りに行ってきた。
会議室にはスカーフが積み上げられて
お知り合いになった職員さんが配布していた。

「青函連絡船で行商していたおばさん」みたいな感じで物品を運んだ。

バザーなどで販売して地域作業所の運営の一助としていただく事を
寄贈者の方は望んでおられる。ありがたい話である。


作業所「ほっと館 ぷらすわん」に持ち帰ったら
皆さんテンション上がって喜んで試着、ファッションショーになったり踊っている人もいた。
これには俺も予想外で嬉しかった。

このスカーフは9月12日、所属する法人「横浜共生会」の「共生まつり」で
バザー販売する予定です。

稼がないとお給料が出せなくなるので
俺、頑張ろう。

2009年6月18日木曜日

冷やし中華と水ぎょうざ調理



たれは「みそ」「しょうゆ」「しお」の三種で
俺は実習生ガイダンスでケース・ワーカーと母親、先生と話し合った後に
「麺茹で」を担当して、人数分17玉をゆでた。これが楽しい。

水餃子はさすが普段、「ビーズ通し」「ガス管解体」作業を
こなしているだけあって早くて上手だ。
ピース・サインしながら餃子を形成する余裕である。(写真参照)

皆で調理して食べる食事は美味しいもんだ。
利用者の一人は「やっぱり夏は冷やし中華だね・・」とつぶやいた。

2009年6月9日火曜日

通所者がもう、多いのに希望者さらに増えてくる。


チキン南蛮で晩酌。
俺のレパートリーにまた逸品が加わったぞ。
(山谷家へ:このように食べてるので心配するな)

勉強不足の俺は新横浜のラポールにある「作業所を支援してくれる000センター」で
自転車漕いでお話を伺ってきた。本日は福祉まつり代休。知らぬは一時の恥。

「横浜市各区は卒業生の受け入れ先(作業所も含まれる)の需要は
現状で満たされている、」との事である。きっと数字ではそうなんだろう。

ではなぜ「ぷらすわん」や他のほっと館関連は通所者で満ちていて
室内は許容量を超えているのだろう。車椅子が異動するスペースすら厳しい状況だ。
ようするに室内はパンパンである。
前にいた「花みずき」も満員御礼の利用者であふれている。
温泉旅館なら笑いが止まらないでしょうが
余裕の無さは支援の質の低下を招く。

需要が満たされているのなら、なぜ、こんなにパンパンに通所者が多いんでしょう。
逆に利用者がスカスカの事業所ってあるのでしょうかね?

パンパンの「ぷらすわん」だが、それでも養護学校からは実習生が来て、
親御さんは将来的に通所の希望をされる。

確かに受け入れ先は「大きな入所施設」や「地域活動ホーム」の存在で
満たされているのかもしれない。

しかし、ここに数値で表せない「親の願い」があると思う。
親御さんは自身が元気で働けて、通所者の介助をするうちは
ギリギリまで家で生活させたい。
なるべくは入所施設に入れたくない」「不憫だ」ともいう人が多い。
そこで日中の受け入れ先として「小規模作業所」という選択肢を希望(するのではないか?)
(逆に大きい入所施設を希望する親御さんも存在するが、情報が届いていないだけで真実を知ると
作業所を選択すると思う。)

たしかに「大きな入所施設」から移動してきた俺は
利用者と向き合う距離が「作業所」では格段に近くなって
きめ細やかな支援ができる。
プログラムの小回りが利く。
(職員体制の脆弱さと少ない予算などデメリットもあるが)

俺は社会福祉従事者として次に何ができるだろうか?と考える今日この頃。
チェ・ゲバラが「第二、第三のベトナムを作れ」と言ったように
脱施設・地域密着型の小規模作業所が1つ、2つと増えることが
進展につながると思うのだが。
甘いでしょうか。

2009年6月7日日曜日

「福祉まつり」出店



横浜市都筑区の地下鉄「センター北駅」横の広場で
「第14回福祉まつり」が開催されて
「ぷらすわん」も出店してきた。
スタッフは3名と縁故関係・ボランティア数名と
利用者2名が参加。

利用者は増えたが収入は以前と同じ状況なので
収益が減っている。(受注作業が景気の後退で減っている。)
ガス管はアルミ・鉄の価格が去年で三分の一に激減しているので
ほとんどお金になってない・・
この時期のバザーは有難い。

しかし収入よりもっとも大切なのは
作業所と地域との関係性や
利用者が一般住人と関わる事の大切さや
手がけた作品が評価されて、相手に渡る瞬間など
マイノリティが世に出る意味など
プライスレスな部分である。

1年間でこの「福祉まつり」と横浜らいず・花みずき敷地内で行われる「共生まつり」、
そして「加賀原ケアプラ祭」に出店している。
この3回の出店で人気・不人気の作品の開きが大きいもので
例えば絵葉書が売れることもあれば、売れない事がある。
これは予測できない。

安定して小さな女の子に人気の通称「と00ビーズ」というものがあって
なぜか引力に引かれるように購入していく。
男の俺はその心理がわからない。

それにしても暑かった。
このバザーに参加するたびに初夏が来たなあ、と思う。
街に栗の花が匂い、紫陽花が色づいている。

2009年5月29日金曜日

調理「お好み焼き」「たこ焼き」


昨日はたこ焼きとお好み焼きを調理して
本日はバザー準備のため、作品の値札をつけて
皆で6月のレクリエーションを何をやるか話し合った。

上映会で何を見るかとか、外出先が話し合われて
水族館で「白いイルカを見たい」や温泉旅行では
「源泉かけ流し温泉で料理を食べて晩酌」や
、NHKスタジオパーク、ディズニーランド、
肉を思いっきり食べる「アルゼンチン料理」店へ行くなどが上がる。

夜はスタッフでミーティングを行った後、「横浜らいず」で宿直中。

2009年5月27日水曜日

バザー準備


6月7日(日)に地下鉄センター北駅の広場で「福祉まつり」がある。
我々は、そのバザー準備を行った。
作品レベルはかなり上がってるぞ。
マンパワー全開の「ぷらすわん」である。

2009年5月17日日曜日

ステーキ丼と読書三昧


久しぶりに本6冊ほど読んで
心に充電びんびんだ .
これで明日から頑張れる

特に良かったのが勝間和代「起きていることはすべて正しい」
「会社に人生を預けるな」
沢山、参考になるキーワードが散りばめられていた。

そして、
「アツイ コトバ」杉村太郎~本から火炎が立つような情熱的な文章。

「すべての男は消耗品である」Vol6、村上龍
以前、研修で講演者「えらい人」が「夢と希望を持ちましょう!」の呼びかけに
思いっきり「違和感」感じたが、
「日本は希望が無い、希望が無いという事は必要とされていないんだろう
だから、無い。」に納得する。
希望、ありますか?そもそも希望が無いと駄目なのか。
俺、目標、目的、やりたいことはあるけど、希望あるかな?

これから何かが今より良くなる指針が「希望」と言う言葉に集約されるならば
今まで不安と焦燥に駆られて、悩み苦しみ、思い焦がれて七転八倒
昨日よりも今日、それよりも明日と、より良く生きる事に、もがいて
生きてきた俺は希望が「無い」と思う。今までも無かったし、それでも今まで生きてきた。
今、希望って、そもそも「「ロマン」の様な死語なんじゃねえの。
希望は未来・将来を夢見てる。
俺は「今」今だけだ。
晩酌してPCにキーを打ってる、今がリアルだ。

「ひとつ捨てると人生がひとつ楽になる」鴨下一郎
「迷宮の人生」岡本太郎。
みんな迷宮を生きている。~人生・即・迷宮だ。強烈に生きようと決意すればするほど、迷宮は渦を巻く」岡本太郎の文章は明快で強くて優しい。最高だ!

その、太郎を支え続けた岡本敏子「恋愛芸術家」
過去も未来も無い、「今」を生きろ、中途半端に生きるなと熱いメッセージが綴られる。
最高だ!

今後の予定は
辺見庸「しのびよる破局」
「NPO法人のすべて~特定非営利活動法人の設立・運営・会計・財務」

今晩は「ステーキ丼」だ。
上にかかってるのは生わさびだよOK。おいしかった。
料理は手間暇かけて努力するとちゃんと答えてくれる。
お母さんへ、こんな感じでちゃんと飯を食っているぞ。
じゃあね。

俺の文章、わかりずらいでしょうか?
返信ないからわからないが、よんでるひともいるでしょうか。
酔っぱらってるところもあるので
大目に見てね。

2009年5月12日火曜日

ほっと館・宇宙 応援と「佐野元春」。その2


ほっと館「宇宙」(そら)へ勤務してきた。
廃油を利用した「石鹸」を作っているが、
都筑の作業所「アスタPC」より
センター南で売れた、との事で、皆で喜んだ。

包装紙は利用者が染めた紙を使っている。
それもなかなか可愛い。

俺も宇宙で食器洗いを使ってみたが
以前より良く汚れが落ちるようになったと思う。

日中活動が終わり、俺の職場「ぷらすわん」に戻る。
そして事務仕事してノートPCを「マルチ・モニター」化する
これでより仕事が効率化して早くなるはず。でもな、ただ、それだけのことよ。
最近はこの豆知識だけで「ライフ・ハック」とけったいな名目で
本を出してる人が多いが、

一人仕事しているBGMは最近、
RCサクセションや泉谷しげる、浜田省吾、佐野元春、尾崎豊にグッとくる。
(俺は30代後半の世代である)
特に「シェリー」なんか聞いて「金か夢かわからない暮らしさー
転がり続ける俺の生き様を~シェリー、俺はうまく歌えているか」

人によっては事務仕事に「耐え忍ぶ」ように「演歌」をBGMにしている人もいるらしい。
(ビジネス書で読んだ)

さて、故郷、函館からこれといったポリシーも無く、
流れるままにこの仕事を始めて、色々な所にさまよって移動して
この福祉の仕事について20年だ。
今は横浜・日吉本町に生息している根なし草の俺は
尾崎を聞いていた頃の10代後半と何がわったかな。

佐野元春が「つまらない大人になりたくない」(ダウンタウン・ボーイ)とアジってる頃、
中学生だった俺はつまらない大人になった。と思う。

なんか晩酌してて、書いてて嫌な気分になってきた俺は
勝手に詩人:佐野元春の最高傑作(にしている)
「COYOTE」(コヨーテ)を聞きたくなる
本当に最高。イイんだ
生涯で一度でいいからサウンドをラウドに聞いてほしい

つまらない大人が、大切にしまって誰にも明かさない秘密がある。
置き去りにしたものと引き換えに
「黄金色の天使」を探し求めている。

2009年5月9日土曜日

ほっと館「花」 応援


本日、青葉台にある、ほっと館「花」へ勤務してきた。
午前中は田奈農協へ味噌汁の具材を買出しに行って、
購入待ちの長蛇の列に並ぶ。
そして新鮮な野菜を利用者と買い込んできた。
さっそく昼食に使われる。
その後は調理「コロッケ」つくりだ。

午後はプランターの土を作ってミニトマトやパブリカを
植えて活動が終わった。

ほっと館4つで特徴は色々違うもので、
何が違うって、のんびりしてたりバリバリ働いていたり
雰囲気や空気感が違うし、やってる事も違う

「花」は利用者の皆さんが若いから活発で
調理も気合で「やるぞ!」的な体育会系。
俺は付いていくのがタイヘンであった。でも楽しかった。
利用者のみんなも楽しそうでした。
通所が楽しみなんだなと伝わってきます。

良い作業所だ。

2009年4月29日水曜日

「行者にんにくとにら・豚モツ味噌炒め」


今晩の飯は「行者にんにくとニラ・豚モツ味噌炒め」

行者ニンニクは故郷・道南では山に自生しているので
取ってきたら湯掻いて味噌で食べるか
炒めて食べていた。
今住んでる「日吉南商店街」スーパーで懐かしく感じて買ってみる。

ニンニクとショウガを刻んで油で炒め、
豚モツと行者ニンニク、ニラを投入。
みりんと味噌を溶いて煮詰める。
美味しかった。



2009年4月28日火曜日

散歩


日吉本町あたりで住民同士で、
激しい市街戦が繰り広げられている様子で
終結の気配は無さそうだ。

午後に散歩に皆と行ってくる。
仲町台駅の裏手はのどかな風景が続いて
癒される。気がつくと桜はいつの間にか散っていた。
そんな余裕も無かったのかな。

豚バラ肉とニラ炒め


「豚バラ肉とニラ炒め」で心のアルコール消毒だ。
話題の豚だからこそ豚を食べるべきだ。
風邪をひいてる時は滋養強壮スペシャルだろう。

生きるために調理する。
ニンニクとショウガのみじん切りをオリーブオイル、ごま油で焦げないように炒めて
肉を入れニラを投入する。俺はサラダ油を使わない。
仕上げにコマを振りかける。

引っ越ししてから自炊率がかなり上がった。

2009年4月23日木曜日

退職

ウイスキー「凛」で晩酌、これは宇宙の所長の影響だ。
「裸で何が悪い」か。
なにも悪くないな。くだらねえ。

4月は何かと忙しいが余裕かまして
通所利用者のKさんと新横浜「プリンスぺぺ」でランチしてくる。
「プリンスぺぺ?」直訳すれば「王子様ぺぺ」ってことか?
誰なんだ?偉いのか?

スーツ姿のリーマンが研修かなんかで使っているのかな
ランチに続々と来る

同行は美人パートHさんだ。
ちなみにここの作業所や他の「ほっと館」系列は
美人ばかりだし、性格がとても良い人が多い。(断言)

夕方、利用者を送迎して他の作業所にいく
そして美人が職場を去っていく。凄く有能な人で損失はかなり大きい。
スーツ姿で次の職場を見学に行くらしい。
その次の戦場に向かう姿を見ると寂しい気持ちになる。

そして「ぷらすわん」に戻ると美人な「元相棒」が訪問して退職する経緯を聞く。

自分の意志に沿わない時期がある。
思い通りにならない運命の流れがあるのかもしれない。
濁流でバタフライの抵抗する気持ちもわかるが、
でもだ。

本日の格言
「流されるから遠くに行ける」
遠くに行って流れて到達して
人間に深みがでるんでしょう。

ネクスト・ステージの幸せを祈ってます。(やまちゃん)

2009年4月22日水曜日

ほっと館・宇宙 応援か邪魔しに行った。

ほっと館・宇宙(そら)へ勤務しに行った。
俺は何も分からない実習生レベルだ。
「あのう、このコップ、どこにしまいますか・・」「あれっ、違いますかー」
「ほう、並列トランスファー」
みたいな、たどたどしい不安な感じが新鮮さ。
昼食配ぜんを混乱させてたのは僕さ。
済みませんでした。

活動で「味噌」を作る。大豆を皆で「もみ込んで」麹を加えた。
これが利用者の仕事として、とても良いんです。
あなどれないな。宇宙(そら)。
重症心身障害者の多い作業所で、とても適してる内容だった。
いいぞ。

利用者と「手と手で伝わる頑張る気持ち。
」
楽しかったよ。

2009年4月21日火曜日

ガス台



晩酌しながら夕飯調理だ。ガス台が有るという事の幸せ。

「鶏肉の味噌漬け焼き」ができ上がる。
口に含み、時間が止まる瞬間。味噌と鶏肉の豊穣で濃厚な味に
作って良かったと目を細める。
幸せだ。最高。
この幸せを独り占めで良いのだろうか?

レシピ↓
http://allabout.co.jp/gourmet/cookingmen/closeup/CU20071121A/

俺はIHよりガスが好きだな。
火加減の微妙なサジ加減は「ガス」だろ。
火が出ないと気分が盛り上がらない。
IH好きならそれで良いけどな。それで頑張れや

じゃあな。

午後の作業風景


「ぷらすわん」は通所者がH20年度の登録者数13人から
H21年度は16人が通所している。増えたもんだ。

新しい通所者も慣れてきて、新しい生活がはじまっている。

2009年4月19日日曜日

GWと北海道

今年の夏の前に
GWにどうしようか困っている。

なんか長く休む予定の前は、何もすることが無い不安を感じる。
俺はどこに行きたいかなあ、
実家の北海道道南・大野町だなあ。
海が見たいな。
道南は噴火湾、津軽海峡、日本海で風景がまるで違う
男性的な日本海と包み込む豊穣な太平洋の海が見くなりました

2009年4月16日木曜日

チキン・カレーとチャパティ



本日の調理で「チキン・カレーとチャパティ」を作った。
レシピはインド料理店「ラニ」を参照。

そして「別動隊」はセンター南の「コーナン」でキッチン横の
棚作成の材料を買出しに行く。

2009年4月15日水曜日

黄ばんだ手紙

引っ越しが終わって晩酌しながら荷物の整理。
荷物を整理してると母からの手紙が出てきた。

拝啓
00が横浜に行ってから、ずっとどんな生活をしているか気がかりで一度行ってみたいと
思いつつ、3年目でようやく行く事ができてとてもうれしかったよ。

この目で00の住んでいる街や職場、アパートなどを見て、良くこの大都会で生きているなあ
と感心したり、又、心配も増えたけどね。ほんとうに偉い。
それに飛行機の中で思ったけどやはりお母さんにとっては横浜は遠いね。
何かあってもすぐに行く事は出来ない所だと思ったよ。

でもね1年に1回は00の所に行けたらいいね。
仕事がんばってお金貯めて又行くからね。
今回は飛行機代が安い時期に合わせて行ったので00の疲れている時にぶつかって悪かったね。
きのうE(真ん中の妹)と家具屋に行って小さな戸棚を送りました。

・戸棚の中に包装紙を敷いて茶碗を入れなさい。
・白いナイロンの3段重ねの箱の中には下着と服、衣類を入れるとよい。
・カーペットは間に合うかな?今敷いてるものの上に敷くといいではないか。
・休日が続くので調度いいのではないかと送りました。
・風呂場が汚れていたらカビキラーをかけておくとすごくきれいになるよ。

こないだ押入れに入ってたブレザー紺色の、虫をくったやつはすてなさい。
また、なにか欲しいものがあったら送ります。

お酒は飲みすぎないように。
お母さんの兄もお酒を飲みすぎて
肝臓を悪くして若死にしたからね。

体は丈夫でないからくれぐれも気をつけて。
お正月に元気な顔を見るのを楽しみにしてます。

2009年4月14日火曜日

引っ越し後の2週間目、その2

引っ越しして2週間目、晩酌しながら
築・昭和41年、古マンションの一室でキーを打つ。
雨が降って雨音と夜風が気持ちいい。
「ギター弾き語りの隣人で眠れない夜」とは大違いに
静寂の夜である。

パート「Jさん」は「負けないでギター合戦すればいいじゃない?」と
素敵な提案をしてくれた。

以前に住んでた「センター南の」山奥のような「静謐な時間」はもう無いかもな。

「ほっと館 ぷらすわん」から「ほっと館 宇宙」(そら)へ人員的応援に行った。
廃油リサイクルの石鹸作りに参加する
初めての経験と利用者との関わりで楽しい時間をおくった。
そして裏山から掘ったばかりのタケノコご飯を
みんなで食べて「春の到来」を感じた。

2009年4月13日月曜日

引っ越し後の2週間目

晩酌ベイベー

センター南から港北区日吉本町に引っ越して2週間が経つ

閑静な住宅街だが隣人のギター弾き語りが
無ければより良いんだがなー
立って半畳寝て一畳で良いのですが
俺は静がでないと寝れねえんだ。

未だガスコンロがつかないし、部屋は段ボールに埋もれているが
カーテンを付けてないので窓際に衣類を掛けている。
道南の実家から離れて初めて「洗濯機」のある生活で感じる事は、
なんて「素敵」なんでしょう。なんか楽しいぞ。

2009年4月7日火曜日

桜


作業所がある都筑区折本町の界隈を、
利用者の皆さんと散策して桜を見てきた。

ほっと館・花のスタッフが「桜を見ると、切なくなります」と話す。
出会いと別離、綺麗に咲いてすぐに散りゆく刹那的な「桜」に
切なさを感じているのでしょうか?

2009年4月6日月曜日

21年度が始まった。

晩酌しながらPCのキーを打って
過ぎた一日を振り返ってみる。

「+①」作業所は21年度になり、「新しいネクスト・ステージ」を迎えている
この新体制になる時期は「通所者が転んで怪我した」「職員の把握ミス」
「送迎車ぶつけました」とか
事故報告が多発する季節だ。

俺は現場で困惑する。
今日は職員の動きもぎこちなく、歯車がうまく回らない感じがする。
でもだ。それでも大丈夫。

ギターのチューニングを合わせるように、
振り子時計のフリ幅が徐々に小さくなり静止していくように
自転車みたいな乗り物が、体に馴染んでいくように。
そのうち全て何事もシンクロしていく。
そしてうまくいく。

あなたにとって長い線路の様な
まるで朝の光のような
幸せを願って俺は働いていければいいな。

2009年4月1日水曜日

テレビを見て何か脳に残るか?

俺はテレビを持ってないし、約15年ぐらい見ていない生活を続けている。
俺はテレビを見ている時間が無駄に思えるんです。

俺は効率化・合理化を切り詰めて考えている訳でなく
「花を見て雲を見てボーとする事の大切さ」のように
「仲間と馬鹿話」「道草することで発見・気づき」など
「無駄の効用」は大切だと思っている。

俺は一人で内省する時間が必要であり、
「本」を読んで時間を過ごす。
これが無ければ生きていけない。

そして、色々な人の印象や思いを馳せて、嬉しいこと、悲しいこと。
考えて晩酌して、ブログを書いて眠りにつく。

そして日々、朝日と共に生まれ変わりたい。
引っ越しも終わった。
新年度だし、ネクスト・ステージに行くぞ。(今、このスローガンでグッときている)

2009年3月24日火曜日

夢見ヶ崎公園へ外出する。




作業所「ほっと館・ぷらすわん」はいつも仕事しているわけではない。
夢見ヶ崎公園へ外出してきた。
太田道灌がここに城を作ろうとしたが
「夢見が悪かった」ことから「夢見ヶ崎」と名前がついたらしい(看板によると)
道灌、かなり苦しく七転八倒で、寝汗びっしょりでうなされたんだろうね。
「余は違う所に築城する!ここはだめじゃ!」なんてね。

外出すると利用者の日常と違う顔が見れて楽しい。

2009年3月23日月曜日

こうありたい

バンクなナンバー、JAM「mottö (モットー)」でディープに晩酌中
YUKI最高。

こうありたい。
「自分の基準を持つ、でも自分の基準に縛られない」
「他人の教科書に左右されない」
じゃあ。

ほっと館・宇宙

JAM「エゴイスト・・?」で晩酌中。

朝の送迎で皆を日産「キャラバン号」に乗せて送迎後、
他の作業所「ほっと館・宇宙(そら)へ応援人員として現場に入る。
ここは地域社会へ「お弁当」を配送している「ふきよせ」と
重複障害者の日中活動(石鹸作りや園芸等)を行う二本立て運営されている。
この「ふきよせ」弁当がとても美味しい。

身障者が多くて、動きが活発な俺の居る「ぷらすわん」とは全然違うし
表現が難しいが、なんか雰囲気が全然違う。俺は段取りもわからないし
各利用者の留意点を知らないので
「実習生」のような心もとない気持ちだ。
しかし、俺はとても有意義で新しい扉が開ける様な発見が多かった。

そして、各スタッフは真剣できめの細かい支援を
行っていて質がとても高い。(具体的で悪いな。俺の秘密だ)
仲間の頑張る姿に奮起される思いだ。

その後で地域活動ホームで、通所が滞っている利用者のカンファレンスして
現職場「ぷらすわん」に戻る。
そして相棒の職員から「楽しかったエピソード」の報告を聞いた。

ジュディマリ聞いて、引っ越し準備

3連休は引っ越し準備で自宅で掃除・荷物を積めての繰り返しで軟禁状態であった。
刑務所の囚人はこれを何年も続けるのだろうか?
なるほどこれは「罰」だねえ。

ギリシャ神話にある「シシフォスの石積みの刑」だ。
ゼウスの怒りを食った王「シシフォス」は
一日中、山の頂に重い石を積みあげていく罰だ。
次の日には元通り。またもう一度やり直しなのさ。
永遠に同じ事を繰り返す罰。
地下鉄に乗ってるとサラリーマンや
奥さんの疲れた表情を見てると皆、「シシフォスの罰」受けているみたい。
電車内で俺もその一人なんでしょうか。
「俺はそうじゃないよ!」と表情に気合入れてみる。

「作業所・ぷらすわん」でも、同じ事を繰り返す罰の様に
利用者が陥ること無いようにしていきたい。

引っ越しで俺は7年掃除しなかった「罰」今受けているが、
「もういやだ・・」と息詰まる俺はハードオフで「ベース」を購入して
渡辺淳一の「欲情の作法」と「安部定」を読んで、
「ジュディマリ」聞いて酒飲んで掃除していた。

俺は言い聞かせる。
これは自分を高める「エクササイズ」なんだ!
「特掃清掃」の隊長の「境遇」よりマシだ!
と折れそうな心を奮い立たせてドロドロ・タール状の汚れと立ち向かう。

しかし、今聞いてもジュディマリは凄い。
ギター滅茶苦茶・無茶苦茶・カッティング暴れまくり
くじら12号の恩田ベースうねりまくり。
YUKIちゃんかわいい。応援してます函館出身!OK

で、グループ的に危機的な「メンバーの愛と別離」「ライバル関係の確執」「音作りで年の差のプライド」、「音のこだわりの確執」等の無理な状況が火花を散らした「くじら12号」以降が最高。

この状況、周囲は悪い状況と思うだろうが、
危機的状況ほど「最高のモノ」を生むことがあるんだな。と思う。
「ぷらすわん、大丈夫ですか」と聞かれることが時にあっただろうが
心配に及ばない。「大丈夫」である。
人員的に不安定なH20年度の俺の職場は、有能なスタッフの
新しい試み、アイディアにより大きな進展・成長があった。

そして俺たちは新しい「ネクスト・ステージ」へ向かう。
じゃあな。

2009年3月19日木曜日

「ビビンバ丼」


ぷらすわん作業所で「ビビンバ丼」を作った。
なかなか美味しかったぞ。

ジュデマリの「くじら12号」最高

2009年3月18日水曜日

作品



最近はネックレスのトップやイヤリングに
細かい装飾をビーズで行っている。
なかなか可愛いぞ。

電球袋詰め等の「受注作業」はビニール袋が使い切って
2週間ほどになる。今週の木曜日には佐川急便で届くので
やっと作業が再開できる。
一日同じ作業では息詰まるのだ。
午前「創作」午後「受注」の基本が一番理想的だ。

そして「ガス管解体チームは午前に納品に行ってきた。
2570キロで¥2520円だ。
午後は畑作準備でした。

2009年3月15日日曜日

秒針の音を聞いて、じいさんは何を感じていたのだろう。

夕食をすき焼きで晩酌

俺は腕時計を冬からスウォッチに変えている。
スウォッチのファンじゃない。函館のデパートで目の前にあったから購入しただけのこと。
帰省中に温泉で時計を無くしたから購入する(無くした時計はあったけどな)
深夜に秒針の音がチッチと聞こえて時を刻む。

短歌?俳句を良く作っていた「じいさん」だが(俺は「じじ」と呼んでいた)
尿瓶で食事介助の生活で、自分で身体を動かせない。
毎日納豆ごはんを介助して食べていた。
動けないからだと手術後の「腹が引っ張られる」と良く訴えていた。
孤独に病魔と戦っていたのだろう。

老年に脳梗塞で寝たきりで動けない残された人生と
その寝ている蒲団の横で長い人生を生きる(予定)の幼稚園児は頂き物の
「タミヤ」の戦車と兵士で遊んでいた(国鉄の父の友人からの頂き物なはず?)
俺はじじが大好きで布団の横で遊ぶのが大好きだった。

その横で。腕時計を耳元によせて。
「秒針の音を聞いてると、生きていると思うんだ」と話していた。

2009年3月14日土曜日

豚バラ肉マスタード煮込み


本日のお昼ご飯は「豚バラ肉マスタード煮込み」である。

2009年3月13日金曜日

見学とガス管解体班長

朝の送迎から帰ると相棒が送迎車に走りより「見学が入ってます!」
違う養護学校の見学が「ダブルブッキング」して合同見学を実施する。
二組の先生とお母さんが名刺交換して異質な光景だったそうな。
俺はさっぱり記憶が無い。

ガス管解体は手慣れて「解体スピード」が速くなってきた。
スタッフ常駐でなくても良くなっている。なぜなら利用者で「元港北授産所」のエース・エリート「Sさん」が
チームの士気を盛り上げ、細やかに采配する。
ぷらすわんの「赤い彗星」みたいなものです。
そして「凄く謙虚」だ。

作業中の眼は厳しく真剣である。でも休憩中の眼は人柄を表わすように優しい。
彼はメンバーに作業を強要しないで励まして、モチベーションを上げる。
そして、やることなすこと、ほとんど「男性パート」である。

「ガス管解体・チームリーダー」」として彼は皆に優しく語りかける。
「もう少しで休憩だから頑張ろうね」
「無理なところは僕がやるからね」
「終わったらコーヒーを皆で飲もうね」
「ゆっくりやりましょうね、ゆっくり」

作業の最後に静かに語りかけた。
「後かたずけが綺麗に終わることで、仕事は終わりといえるんだよねえ」

2009年3月12日木曜日

中華街へ外出


「日産キャラバン・ぷらす・わん号」で中華街へ外出してきた。
↑写真の「関帝廟」や新しく建立された「媽祖廟」を見てくる。

観光客や中学生と思われる学生が路地にあふれかえって賑わっている。
そんな俺たちは喧噪の散策を終えて
「ローズホテル横浜」の
重慶飯店で「ランチ」だ。

同伴介助者の若者「Tくん」は
「おお、前菜からこれですか・・」
「いいんですか・・・」
「やばいっすね・・」
「中華街、あなどれないっすね」
と、意味不明の感嘆を上げて食べる。

俺も食事介助しながら、
「だって、俺達、毎日さ、頑張っているもんね」
「俺達、ディズニーランドのミッキーより美味いものだよな!だよな!」
「生きてるって、素晴らしいねー」
「格言。生きているうちが花。だろ!」
「海老の外側がカリカリで中がジューシーな汁に、トウガラシを合えた
生姜とにんにく風味の甘辛ソースがたまらない、四川料理特有のブツブツ・・・」

意味不明なコメントしながら「麻婆豆腐」に目を細めて堪能する。
もちろん利用者2名も最高にご満悦だった。
個室なので人の眼なんか気にしないで良いのは凄く気楽だった。

「また、来ましょう」と中華街を後にした。
で、今晩の夕飯はオリンピックの「札幌味噌ラーメン」で晩酌。

2009年3月8日日曜日

献血してくる


晩酌中。

俺は献血車両を見たら無条件で受けることにしている。
特にA型が不足しているとのこと。俺はとても「きちょうめんな」A型だ。
そして2リットルぐらいOKである。

虚構と仮面のニュータウン・センター南「ふれあい広場」前で協力お願いの拡声器が呼びかけている。
すれ違う人たちと、受ける人たち。
採血車の前で母親を待つお子さんがドアの前で待っている。
医者の問診?を受けて待っていると
「人生山あり谷あり、明日は我が身。ご協力お願いします」と朱色のマジックでポスターを作っていた。

そしてラーメン「彦助」でつけ麺を食べて、引っ越し準備だ。

2009年3月5日木曜日

映画会


作業所「ぷらすわん」で映画会をしたよ。
ディズニー「アラジン」だ。
俺はほとんど見ていないが、身分の差を超えたラブ・ストーリーらしいぞ。

夜は作業所「ほっと館」に「ほわほわ」で会議の後、
夕飯はソバと「玄米ごはんと岩のりのお茶づけ」で晩酌。
そのときフライパンに腕を火傷して
痛みを酒で中和中。OK。

2009年3月3日火曜日

ぷらすわんで「ひなまつり」


都筑区折本町「淡島社」神社のお祭りで、
ここ「ぷらすわん」でも3発の花火が何度も聞こえてくる。
淡島神社の神様は「女神様」なのでこの日を奉り祝うのだろう。
「ぷらすわん」作業所もちらし寿司を皆で作って食べて祝う。

夕方にみぞれ交じりの雪が降り始めて寒くなってきた。
こんな時は宮沢賢治
風呂に入って晩酌しても寒くて、吐く息が室内でも白い。
でも冬は当然雪の道南育ちの俺には少し嬉しく思う。

みぞれの降る夜にこたつで晩酌してると
宮沢賢治「永訣の朝」の「あめゆじゅをとてきてけんじゃ」を思い出してみる。
兄が、死に行く妹の最後の願いを叶える為に、
最上の聖なるものを届けようとする願いと祈りの詩。

けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨〔いんさん〕な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜〔じゅんさい〕のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀〔たうわん〕に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛〔さうえん〕いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系〔にさうけい〕をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

2009年3月1日日曜日

からすみ


晩酌の友は頂き物の「からすみ」だ。
生まれて初めて食べた。
軽く炙って頂くが、鮮やかな橙色が美しい。
贅沢で豊穣な時間を有難うです。

悼む人

「悼む人」(天童荒太)を読んだ。
(読んでない人には何のことかわからんでしょうが)

愛は自己の執着、エゴなのだろうか?
人の死に軽い重いはあると思いますか?
自分は誰を悼んでいて、自分は誰に悼まれるだろうか。
読んだ後に風呂に入りながら自問自答する。

旦那を刺し殺した「奈義倖世」は主人公と出会う事で魂が救済されることになったが、
別れて2人、別の道を歩むことになるのはしょうがない、のかな。
この人には幸せになって欲しいな。

特派記者の蒔野の家庭環境は俺の家に似ていた。
作者から俺は「許す」という事を問いかけられる気がした。
俺は「そういえば、父が俺に(風邪ひかないようにと)
肩までタオルケット掛けてもらった幼稚園時代の記憶があるな・・」
なんて思いだしたりする。

人の誕生と死、愛、幸せとは何か、物語の後半は拡散した人間模様が
一気にフィナーレへ向かっていく。
良い本でした。もう一度読み返そうと思います。

自己紹介

自分の写真
横浜市, 神奈川県, Japan
障害者・地域支援センター作業所型ほっと館「ぷらすわん」で働いている「やまちゃん」です。